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12話

11話
絵画の人物モデルには、ドラクロワやジャマールをはじめ、ジェリコーの友人や知人が多く参加しています。
生存者のサヴィニーとコレアール、ダスティエという参謀本部の士官や黒人の男性ジョセフなど。

左手前の仰向け全裸の青年のモデルを担当したのがジャマール。
ジャマールはあと2人ほどのモデルを担当したそうです。

その隣でうつ伏せになっている巻き毛の青年のモデルがドラクロワ。

モデルを用意せず、記憶のみで加筆した部分(作中参照の事)


当時は前衛的で画期的だった2つの三角形からなる構図。 画面前面には死者を配置し、奥(後方)には船を見つけ、必死に叫ぶ人間(生きることに執着する)が描かれています。
鑑賞者は死者から右上の生存者へと自然に視線を導びかれ、そして全体を見ると、帆は船と逆の方向へと筏を導こうとしていることに気がつきます。
生きるか死ぬか、劇的な一瞬をジェリコーは一枚の絵画に描ききったのです。

作品はたて4メートル、横7メートルの巨大なキャンバスに描かれていますが、大きな筆を一切使わずに非常に細い筆で細かく描かれています。 使用した絵具はビスコース油や瀝青など。しかし、瀝青は美しい黒光りを見せますが、時間が経つにつれて光沢は落ちて皺ができ、 絵に修復不可能な傷を残してしまいました。
(なので残念ながら現在も徐々に劣化が進んでいます。なんとか修復できないもんですかねぇ…)

作品の筋肉隆々の肉体描写はミケランジェロに大きな影響を受け (ジェリコーはイタリアの留学中にシスティーナ礼拝堂で見た「最後の審判」に感銘を受け、以降の肉体描写に大きな影響が見られています) 光と影の表現方法はカラヴァッジョ(※1)に影響されています。
ミケランジェロの「最後の審判」システィーナ礼拝堂
5年の歳月を使って描かれたミケランジェロの作品を代表する壁画

作中にゲラン先生が言った"ルーベンス(※2)の料理人(又はルーベンス流の菓子製造人)"は仲間内でのジェリコーのあだ名。 ゲラン先生はジェリコーの素質を早くから見抜いており「ジェリコーは画家3,4人分の素質がある」と周囲に語っていたそうです。

(※1)カラヴァッジョ
バロック期のイタリアの画家。画家一の暴れん坊。喧嘩が大好きで、売られた喧嘩は全部買うタイプ。
絵の才能で地位を手に入れますが、乱暴を働いたりレストランで暴れたり、警察騒ぎになることはしょっちゅうで、 素行の悪さからローマ教皇に死刑宣告を出されてしまいます。 最期は港町の漁師小屋でひっそりと息を引き取りました。
強い光と影の明暗対比と動的な表現手法など、独特な彼の作風はのちの画家に強烈な影響を与えました。

(※2)ルーベンス(又はリュベンス。作中はルーベンスで通してます)
バロック期のフランドル(現在のオランダ南部、ベルギー西部、フランス北部あたりに位置する)の画家。
名作アニメ「フランダースの犬」(※3)といえばルーベンス。ルーベンスといえば「フランダースの犬」。 「フランダースの犬」で主人公ネロ少年が見て昇天した絵画「キリスト昇架」「キリストの降架」の作者。 ネロ少年とは違って、ルーベンスは画家としては珍しく社会的にも成功し、恵まれた幸せな生涯を過ごしました。
ドラクロワはルーベンスに生涯心服しており、ルーベンスの作品を見るために4度もベルギーを訪れました。

(※3)「パトラッシュと歩いた〜空に続く道を〜」のアニメ。ガチ泣きの名作。

カラヴァッジョの「キリストの埋葬」の模写
左・カラヴァッジョの原作
中央・ルーベンスによる模写
右・ジェリコーによる模写

こうやって見ると、画家それぞれの特徴が見て取れて面白いです。
ちょっと小さいからこっちででかいの表示するよ

ちなみにジェリコーがこの絵画を模写したのは1815年以前とされています。
というのも、この作品はもともとイタリアのサンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラ聖堂内礼拝堂のために描かれた絵画ですが、 1800年初頭にナポレオンがヨーロッパ中から戦利品として美術品の数々の大略奪を行い、この絵画もイタリアから持ち去られてパリで展示されていました。 しかしナポレオンの失脚にともない1816年にイタリアに返却され、現在はヴァチカン美術館に展示されています。

ジェリコーが他に模写した画家はミケランジェロ、ラファエロ、ティツィアーノ、ルーベンス、ヴァン・ダイク、レンブラントなどなど。 絵の勉強を始めたばかりのジェリコーは流派を問わず、自分がかっこいいと思った絵をルーヴルで一生懸命模写しまくったそうです。
しかし何故か、ジェリコーはこの頃ルーヴルに2回も出入り禁止をくらっています。
一体何をやらかしたんだ…。
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