
9話
メデューズ号の指揮官ショーマレーはいわゆる革命前の旧体制「アンシャンレジーム時代(※1)」の生き残りでした。
フランス革命前の旧体制の時、政治犯を捕らえた「バスティーユ牢獄」が市民たちによって襲撃され、「絶対王政の象徴」が崩壊。
それにより国王の権力の衰退を感じた貴族たちは、諸外国へ亡命をはじめ、その中には、王妃マリー・アントワネットの寵愛を受けたポリニャック伯夫人も含まれていたそうです。
貴族のショーマレーは25歳のころに国外へ亡命し、ナポレオンの失脚後にルイ18世が即位(王政復古)するまでの20年以上、海外で放浪生活を送っていました。
王政復古後に外国にちらばっていた亡命貴族たちはフランスに戻され、それぞれ高位高官のポストに就けられました。
ショーマレーも海上勤務から20年以上も遠ざかっていたにもかかわらず、艦隊の指揮官という高位の地位を手に入れてしまいました。
案の定、ショーマレーは航海の初めから無能ぶりを露呈し、航海士の注意も聞かずに暴走。結果、船は座礁してしまいました。
作中ラストに見えた船「アルギュス号」に生き残った15人は発見され、無事全員でアフリカに運ばれました。
しかし、生存者15名のうち6名はアフリカの病院で食事を取ることを拒み、衰弱死します。
7名はセネガルに残り、暗い影を背負ったまま生涯アフリカで過ごしたそうです。
(しかし、筏を作った大工で黒人のラヴィレットは生き残りフランスでジェリコーに会ったと書いている資料もあるので、この辺曖昧…。正確な情報お持ちの方タレコミお願いします)
サヴィニーとコレアールはフランスに帰国後、メデューズ号に起こった事件を政府が揉み消している事態を知り、雑誌「ジュルナル・デ・デバ」で事件を告発します。
この海難記が出版に至った経緯は、内務大臣ドカズが過激政党派の海軍大臣デュブシャージュを失脚させるために、その記事を掲載させたという政治的な思惑があったそうです。
雑誌により報じられた、この想像を絶する事件にフランス国内は凍りつき、
そしてショーマレーを指揮官に任命した、発足したばかりの王党政府にとって痛い失態となりました。
その後サヴィニーは軍医の仕事を追われ、コレアールは職が得られず、書店を立ち上げるも破産します。
失態を隠せなくなったフランス政府はついにショーマレーを軍法会議にかけ、軍籍剥奪と禁錮3年の刑を課せました。
刑期を果たした後、彼はそれから14年生きながらえたそうです。
(※1)旧体制のこと。ここでは、フランス革命以前の旧制度で、貴族や聖職者ら特権階級のための封建的な社会体制のことを指す。
このアンシャンレジームの制度はブルジョワ層(市民層)から起こった「フランス革命」で崩壊します。
しかし「フランス革命」の英雄ナポレオンがロシア遠征に失敗しエルバ島に追放されると、
革命前の王朝ブルボン家出身のルイ18世がフランス国王として即位することとなり、アンシャンレジームが実質の復活をはたします。
(実はルイ18世即位直後にナポレオンはエルバ島を脱出して、政権を取り戻すんですが、3ヶ月でまた失脚します。これがあの「百日天下」。でも本当は百日も無かったんだぜぇ…!
その後にまたルイ18世が即位して…。短期間で交互に変わるから非常にややこしいです)
そして政府は革命前の政治を続け、不満が高まった市民層によって再び革命が起こります。
これが、1830年の「七月革命」。この革命を描いたのが1話冒頭に出てきたドラクロワの「民衆を導く自由の女神」です。
この革命によってフランスのブルボン王朝は滅亡します。
今回解説に関連ある絵画が思いつきませんでした。
少々悩んだ結果、すっごい無理やりなんですが…「海難」つながりでターナー置いておきます。
(毎回無理やりなんでまぁいいですよね…)
ウィリアム・ターナー「海難」
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーはイギリスのロマン派の画家。
光を色彩で表現する手法と抽象的な描き方はのちの印象派の先駆者とも言われています。
ウィリアム・ターナー「雨、蒸気、スピード−グレート・ウェスタン鉄道」
印象派の先駆者ターナーと、同じくイギリスの画家カンスタブル(又はコンスタブル)(※2)の色彩は、
一時期イギリスに滞在していたドラクロワに大きな影響を与えました。
ドラクロワは彼らの事を「本当の改革者である」と知人の批評家に語り、高く評価していたそうです。
ターナーの自画像
青年像はとってもイケメンですが、中年になってから太ったのか「ずんぐりブース」なんてあだ名で呼ばれていたそうです。
(「ブース」というのは同棲していた未亡人の名前)
少々そそっかしく、忘れ物が多くて周りにからかわれたり、素はちょっと可愛い人です。
(※2)ターナーと並び称される19世紀のイギリスの画家。ジェリコーは彼の絵が大のお気に入りだったらしく、ドラクロワ曰く
「カンスタブルが送ってくれた風景画に我を忘れた」そうです。どんだけ好きやねん
ジョン・カンスタブル「乾草の車」
母国イギリスではまったく支持されませんでしたが、フランスのサロンでは大絶賛された作品
最長の解説です。ここまで読んでくださってありがとうございます。(この長さを超える解説は今後でるのか!?)